IAT
English | 中文

阿爾特自動車技術株式会社

藤井啓史専門家が日経BP社の取材を受けられた

时间:2015-05-14 11:47:05  来源:  作者:

 

藤井啓史専門家は三菱自動車Lancer Evolution開発者として、2015年4月に日経BP社の取材を受けられた。取材内容は日経BP社ネット上の5月号LANEVO magazineに掲載された。
 
                      33.jpg  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
藤井啓史(Fujii·Hiroshi)
1987年に三菱自動車に入社、研究部で操縦安定性やシャシー制御技術の研究などを担当。ランエボはⅦからXの開発取りまとめを担当。′10年三菱退社。2011年から現在まで 阿爾特開発チームに参入。
 

 

第3世代はドイツ車がライバルさまざまな可能性を探った世代
 
司会2001年になるとベース車両がモデルチェンジしたのに合わせて、エボリューションも第3世代へと入ります。注目すべきは、製品のベンチマークとして高品質・高性能をセリングポイントとするドイツ車を設定なさったことですね。製品に国際的な競争力を持たせるための"戦い"が熾烈さを増しました。
 
藤井啓史(以下藤井)エボⅦから私が開発の取りまとめのマネージャーをやりました。私もクルマが好きで、87年に三菱自動車に入社しました。研究関係を手がけた後、商品開発に移って、辻村さんが計画したエボⅦを開発途中から引き継ぎました。Ⅷ、Ⅸ も担当しました。
 
司会第3世代は、ランサーエボリューションにとって大きな転換期ですね。
 
藤井一つは、コンペティションの性能を進化させていくことです。エボⅦではACD(アクティブ・センター・ディファレンシャル)といって、前後輪のトラクション(タイヤの駆動力を路面に伝える力)分配を電子制御するシステムを新たに採用したり、エボⅧではスーパーAYC(アクティブ・ヨー・コントロール)といって、AYCをさらに発展させたりとか。
 
吉松エボⅦといえば、ACDだよね。
 
藤井それにアルミルーフなど、新しい素材で軽量化や、ターボのチューニングなど、より高性能を追求していこうという。だいたい開発と発売のタイミングはズレますから、開発の結果が反映されるのは2つ先のモデルなんですね。アルミのルーフはエボⅧのMRでの初採用ですが、実際はエボⅦからやりだして、3年ぐらいかけました。
 
藤井エボⅦで使った電子制御センターデフのACDも、トミー・マキネンのエボⅥのためにすでに開発していました。量産モデルでは、エボⅦでやっと実用化です。
 
辻村広がったトレッドと太くなったタイヤを収めるため、オーバーフェンダーじゃなくて、サイドパネルを作ったんですよ。第2世代ではオーバーフェンダーだったのを、エボⅦではブリスターにして。
 
藤井専用のサイドパネルはコストがとてもかかるんです。
 
辻村なんとか社内を説得して、通ったんですよね。何億円もかかるんですが。
 
藤井結局、エボⅦ、1万台があっという間に売れました。
 
司会メーカーが理想を追求したからこそ、市場では評価されるんですよね。
 
辻村だから強かったんです。
 
藤井いろいろなことをやらせていただきましたね。第3世代の特徴といえば、新しい世界の追求です。大きな転換ともいえるのが、Ⅷから欧米向けに正式に輸出が始まったことです。(Ⅸでは)ワゴンを造りました。
 
吉田エボⅣからは曲がりやすい(=コーナリング性能が高い)クルマを造ってきましたが、エボⅦ以降は、ポルシェやアウディを意識しましたね。
 
藤井ポルシェ911とかアウディのR8とか、いろいろなクルマに乗って、走りの質をいろいろな形で研究して、それを少しずつその進化の過程で取り込んでいきました。
 
吉田エボⅦからは、1,000万円前後のドイツの高性能車に対して、こちらは300万~400万円でも同じ性能を持っているというのをセリングポイントにしてきましたね。
 
藤井ドイツ車は、競合車ではありませんが、ひとつのベンチマークにしていました。
 
吉田一般道での走りのクオリティを上げるとなると、コンペティションとも違う指標が必要になりますから。ヨーロッパは路面に起伏のある道が多いので、そこでいい乗り味を出さなくては勝負にならない。そこでドイツのニュルブルクリンクの、いわゆるオールドコースで、テストをしていましたね。単純に速く走るだけじゃなくて、コーナーだとかアップダウンだとかの際に、どれだけ車体とサス(ペンション)が追従していけるかというのを見ていました。
 
吉松確かにクルマはやっぱり環境が育てるんでしょうね。
 
辻村手探りでやった第1世代と、とにかくラリーをずっと考えていた第2世代、そこから変わっていこうとしたのが第3世代なんですね。
 
司会ずっと継続して性能向上、そして世界ラリー選手権での優勝という目標を掲げてやっていらしたランサーエボリューションの開発。そこに変革が起こったのがこの第3世代だったのですね。情熱と努力が結果を生み、それがランサーエボリューションというブランドを作り上げました。もちろん三菱自動車工業の名も、多くの人に強い印象を残すのに成功しました。しかし、時代とともに、製品の内容は変わっていった。そのことがわかりました。そしてついにランサーエボリューションはⅩ(テン)となります。
ウェブサイトナビ | 地図ダウンロード | 著作権保護 京ICP備 05037845 号